鳴り止まない電話の中で
平日の私のデスクは、いつも電話が鳴り続けていた。
一本取れば、また次が鳴る。その合間に手元の仕事を進め、大先輩の機嫌を損ねないよう気を配り、後輩が変な仕事を振られていないか目を配る。
誰かが見たら「ちゃんと仕事してるね」と言うと思う。実際、私はそれを何年も、それなりにうまくこなしてきた方だと思う。
「普通のOL」をやっていたつもりだった
丸の内で働く、というのはそれだけで少し誇らしいことだった気がする。周りを気遣い、空気を読み、波風を立てずに一日を終わらせる。それが「できる社会人」だと、なんとなく信じていた。
自分の感情は後回しにして、目の前の電話と、目の前の人の機嫌と、目の前のタスクをこなす。それが日常だった。
その裏側で、家族に起きていたこと
同じ時期、私の家族はこんな状況だった。
妹が子どもを産むことになった。妹は自営業で、しかもほぼ一人でその会社を回している。母はすでにこの世を去っていて、父は重度の肝硬変を患っている。
妹をフォローできる人間は、私しかいなかった。
「バグ」だと気づいた瞬間
会社では、鳴り続ける電話と、先輩の顔色と、後輩のケアに神経をすり減らしていた。家に帰れば、たった一人で妹を支えなければいけない現実が待っていた。
そんな風にバタバタしていたある日、妹にこう言われた。
「そんなあくせく働くことないよ。別に働かなくたって困らないんだから。とりあえずやめてみたら?」
一番支えないといけないはずの妹に、逆に心配される側になっていたことに気づいた瞬間だった。しかも、彼女の言葉には変な励ましも綺麗事もなくて、ただ純粋に「なんでそんなに自分を後回しにしてるの?」という疑問だけがあった。
それを聞いた瞬間、ずっと蓋をしていた問いが一気に浮き上がってきた。
これだけ全部を背負い込んで、私自身のことは、いつ誰が気にかけてくれるんだろう。
会社にいる自分も、家族の前にいる自分も、常に「誰かのために最適化された自分」だった。自分の人生なのに、自分がどこにもいない。妹の一言で、それがはっきり見えてしまった。これはもう「バグ」だと思った。
今、振り返って思うこと
あのとき何が正解だったのか、今もはっきりとは分からない。ただ、あれだけ色々なものを支えていた自分を、当時の私は一度も労ってあげられていなかったと思う。
「人生デバッグ中」というタイトルには、そういう意味も込めている。壊れていたわけじゃない。ただ、誰かのための処理ばかりを走らせ続けて、自分のためのコードを書くのを、ずっと後回しにしていただけなんだと思う。
